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古今御朱印研究室

隅田川七福神

向島百花園
向島百花園

向島七福神、墨田七福神と呼ばれていたようだが、現在では隅田川七福神を正式名称とする。文政7年(1818)の開創とされ、江戸でも古い七福神霊場の一つである。時代的には、享和3年(1803)頃の『享和雑記』に記録が残る谷中七福神よりやや下るものの、その由緒においてはまさに江戸を代表すると言っても過言ではない。
伝承によれば、佐原鞠塢が開いた向島百花園には大田南畝、加藤千蔭、村田春海、酒井抱一ら江戸の文人墨客らが集まっていた。ある時、骨董商であった鞠塢愛蔵の福禄寿に目をつけ、向島近辺の神社仏閣で七福神を揃えて新春の楽しみとすることを思いついた。そして多聞寺の本尊・毘沙門天、長命寺の長命水に祀られた弁財天、三囲神社境内の恵比寿・大國、弘福寺に祀られた布袋尊までは揃ったものの、寿老人だけは見つからなかった。そこで、百花園のある寺島村の鎮守は白髭明神であり、白髭というからには白い髭の老翁であろうから寿老人に相応しいということにして、めでたく七福神が揃ったのが発祥という。そのため、隅田川七福神では寿老人とはいわず寿老神と称する。いかにも江戸の風流人たちらしい話である。
江戸の終わり頃から明治にかけて一時寂れるが、明治31年(1898)七福会が再興され、同41年(1908)には榎本武揚ら当時の名士が揮毫した石碑が建てられるなど次第に復興し、現在では東京を代表する七福神霊場の一つとして賑わっている。
ご開帳は1月1日から3日までで、この期間は向島百花園が無料となる。御朱印授与は7日まで。

大國神・恵比寿神 布袋尊 弁財天 寿老神
三囲神社
 
向島2
牛頭山 弘福寺
 
向島5
宝寿山 長命寺
 
向島5
白髭神社
 
東向島3
福禄寿 毘沙門天
向島百花園
 
東向島3
隅田山 多聞寺
 
墨田5

隅田川七福神

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2008.12.28
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