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古今御朱印研究室

御府内八十八ヶ所

第19番
瑠璃光山 青蓮寺
るりこうざん しょうれんじ

青蓮寺本堂
本 堂

瑠璃光山 清光院 青蓮寺 (るりこうざん せいこういん しょうれんじ)
本尊 薬師如来
創建年代 不詳
開基 円宗大和尚
宗派 真言宗智山派
所在地 東京都板橋区成増四丁目36−2 (Mapion/googlemap
御詠歌 いつかさて西の住居のわが立江 弘誓の舟に乗りて到らん
巡拝 豊島八十八ヶ所77番
メモ 本来の19番札所は愛宕下の円福寺であった。円福寺は愛宕権現の別当で、朱印領は百石、末寺15ヶ寺、「江戸四箇寺」と呼ばれた新義真言宗の触頭四ヶ寺の一であった。
触頭というのは、各宗派から選定されて、寺社奉行からのお触れの伝達や、寺院からの訴訟の取り次ぎに当たった寺院で、新義真言宗では、円福寺の他、同じく愛宕下の真福寺、湯島の根生院、本所の弥勒寺の四ヶ寺が務めていた。
しかし、明治の神仏分離に際して廃寺となり、札所は浅草松葉町の清光院に移された。ところが大正12年(1923)の関東大震災のために清光院も廃寺となってしまったため、翌13年(1924)青蓮寺に移されたものである。
青蓮寺の創建についてはよくわからないが、もとは現在の高島平にあり、水害のために現在地に移転したという。昭和34年(1959)旧本堂を解体した際、棟木に元禄6年(1693)の銘が見つかり、また(中興)開山が円宗大和尚であることがわかった。二世の権大僧都淳玉が元禄16年(1703)の入寂とされるので、ほぼこの頃に中興されたものであろうという。
当寺には二体の弘法大師像があり、一体は炎上する清光院から救い出された御府内八十八ヶ所十九番の尊像、一体は青蓮寺に伝わってきた豊島八十八ヶ所七十七番の尊像という。
なお、大田区南馬込の円乗院も御府内19番札所を称している。
写寺 橋池山 立江寺
八十八ヶ所大意 愛宕山 遍照院 圓福寺 愛宕山別当
〈本尊〉地蔵菩薩
〈朱印地〉百石 ◇独礼・触頭 〈末寺〉十五ヶ寺
〈開山〉俊賀僧正
山門 馬頭観音
山門 馬頭観音
青蓮寺の納経印

中央の墨書は「本尊 薬師如来」、脇に「弘法大師」。中央の朱印は薬師如来の種字「ベイ」、右上は「第十九番」、左下は「瑠璃山青蓮寺清光院」。

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2009.07.22
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