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古今御朱印研究室

江戸時代の納経帳

天保11年(1840年)四国八十八ヶ所の納経帳

東寺

東寺の納経→道場寺へ

東寺 (八幡山 教王護国寺 秘密伝法院)

【略縁起】
正式名称は「金光明四天王教王護国寺秘密伝法院」あるいは「弥勒八幡山総持普賢院」とされ、宗教法人としての名称は「教王護国寺」だが、創建当初の名称は東寺であり、現在でも東寺の名で広く知られる。「左寺」「左大寺」の別称もある。
平安遷都の後、羅城門の東西に東寺と西寺という二つの官寺が建立された。東寺は延暦15年(796)藤原伊勢人が造寺長官となってされたと伝えられる。弘仁12年(823)弘法大師が嵯峨天皇より東寺を下賜されたことにより、東寺は国家鎮護の寺院であるとともに真言密教の根本道場となった。
さらに中世以降は大師信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として、皇室・公家・武門から庶民に至るまで広く信仰を集めるようになった。現代に至るまで御影堂では弘法大師に朝食を備える生身供が毎朝行われ、毎月21日の御影供には多くの善男善女が参拝に訪れる。また、仁和寺・神光院とともに京の三弘法とされる。京都の人は、四国八十八ヶ所を巡拝する前に、三弘法に参拝して道中の無事を祈願する風習があるという。

【納経】
納経印は納経請取状の伝統を残しており、納経帳に張り付けている。文字は印判もしくは印刷で「教王護国寺庁 大乗妙典 右奉納真言一宗総本寺 七堂式伽藍者如件 東寺公文所」。日付を書き入れるようになっているが、十月のみ書いてあって日はない。中央上の印は十六八重菊の御紋、左下の印は「左大寺公文所」。

【所在地】
京都九条大宮(京都市南区九条町)

【本尊】
薬師如来

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2013.10.06
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