古今宗教研究所 >古今御朱印研究室 > 昔の納経帳 > 天保11年(1840)四国八十八ヶ所の納経帳
天保11年(1840年)四国八十八ヶ所の納経帳
【略縁起】
推古天皇33年(625)凡薗子尼が流木で刻んだ十一面観音を本尊として開創したと伝えられる。
謡曲「海人」などで知られる「玉取伝説」の舞台としても名高い。藤原不比等は龍神に奪われた宝珠を取り戻すために志度の浦に赴き、一人の海女と契りを結んで男の子をもうけた(後の藤原房前)。不比等から事情を聞いた海女は、我が子の栄達と引き替えに、命を賭して龍宮から宝珠を取り戻した。不比等は海女を志度寺に葬り、伽藍を建立して「死度道場」と名付けたとされる。
持統天皇7年(693)藤原房前は行基菩薩を伴って志度寺を訪れ、伽藍を拡張するとともに、母のために千基の石塔を建立したという。
【納経印】
文字部分は印判で、「四國第八十六霊刹 本尊十一面観世音 讃州補陀洛山 志度寺」。中央上の宝印は「補陀洛山」、左下の印は「執事」。
【所在地】
讃岐国寒川郡志度村(香川県さぬき市志度)
【本尊】
十一面観世音菩薩
2013.10.06
古今宗教研究所
Copyright(C) 1998-2016 Murakami Tetsuki. All rights reserved.