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本 堂
| 金剛山 藤井寺 (こんごうざん ふじいでら) | |
|---|---|
| 本尊 | 薬師如来 |
| 創建年代 | 弘仁年間(810〜824) |
| 開基 | 弘法大師 |
| 宗派 | 臨済宗妙心寺派 |
| 所在地 | 徳島県吉野川市鴨島町飯尾1525 (地図表示:マピオン) |
| 御詠歌 | 色も香も無比中道の藤井寺 真如の波のたたぬ日もなし |
| 文化財 | 〈重文〉木造薬師如来坐像 |
| メモ | 吉野川の北岸、阿讃山脈沿いを西に向かってきた遍路道は、切幡寺から南へ向かう。四国三郎・吉野川にかかる潜水橋を渡れば藤井寺がある。四国山地の麓に緑に覆われた境内がたたずんでいる。 弘仁年間(810〜824)この地を巡錫した弘法大師が諸人と自ら自身の厄難を除くため、現在の境内から200メートルほど山中に入った八畳岩で護摩を修した。そして薬師如来の像を刻み、堂宇を建立したのが創建という。境内に藤を植えたことから藤井寺と名付けたとされる(大師お手植えと伝えられる藤が山門を入ったところにある)。 かつては壮麗な大伽藍であったというが、天正年間((1573〜92)長宗我部の兵火によって焼失。臨済宗慈光寺の南山祖団によって復興され、臨済宗の寺となった。 弘法大師作とされる本尊は、実際には久安4年(1148)の銘がある。造立銘がある仏像としては四国最古のもので、国の重要文化財に指定されている。 藤井寺は天正の兵火、さらに天保3年(1832)の火災で堂宇・什宝を焼失したが、いずれも本尊は無事であったところから「厄除けのお薬師さん」として信仰を集めているという。 藤井寺の奥の院は、焼山寺への遍路道の脇にある大日如来を祀る祠である。 |
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| 大師堂 | 白龍弁財天 |
| 御朱印 | 左が平成元年、右が平成18年に拝受したもの。中央の文字は薬師如来の種字「ベイ」に「薬師如来」。中央の朱印は「仏法僧宝」の三宝印と思われるが、四文字目が「宝」ではないようだ。「法」かもしれないが、よくわからない。左下の朱印は「藤井禅寺」。 |
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2007.04.01
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