古今宗教研究所 >古今御朱印研究室 > 四国八十八ヶ所 > 発心の道場

古今御朱印研究室

四国八十八ヶ所

第12番
摩廬山 焼山寺
〔まろざん しょうざんじ〕


山 門

摩盧山 正寿院 焼山寺 (まろざん しょうじゅいん しょうざんじ)
本尊 虚空蔵菩薩
創建年代 大宝年間(701〜704)
開基 役行者神変大菩薩
宗派 高野山真言宗
所在地 徳島県名西郡神山町下分字地中318 (地図表示:マピオン)
御詠歌 後の世を思えば苦行焼山寺 死出や三途の難所ありとも
文化財 〈県有形文化財〉弘法大師坐像 梵鐘 焼山寺文書・宗秀奉下文 焼山寺文書・寺領寄進状目録 焼山寺文書・佐伯守安寄進状 〈県天然記念物〉焼山寺山スギ並木 焼山寺山フジの群生地
メモ 焼山寺山の中腹、標高約800メートルにある。境内には徳島県指定の天然記念物である杉の大木が立ち並び、森厳とした霊場の雰囲気を漂わす。
「遍路ころがし」と呼ばれる難所はいくつかあるが、中でも藤井寺から焼山寺への道は特に厳しいことで知られる。「一に焼山(焼山寺)、二にお鶴(20番鶴林寺)、三に太龍(21番太龍寺)」といわれるように、阿波第一の難所である。
平成元年に徒歩で回ったときは途中で挫折、番外の柳水庵で一泊させていただいた(納経印をいただかなかったのが悔やまれる)。
大宝年間(701〜704)修験道の開祖とされる神変大菩薩・役行者小角が開いたと伝えられる。
この山には大蛇が住んでいて、火を吐いて山を焼いたり、作物を害したりして人々を苦しめていた。弘仁5年(814)、当地を訪れた弘法大師は、この大蛇を退治すべく山に登った。大蛇はそれを阻止するため、火を吐き、全山炎に包まれた。しかし大師は畏れることなく、真言を唱え、印を組むと火は鎮まり、虚空蔵菩薩の助けによって大蛇を岩に封じ込めた。
大師は三面大黒天の像を刻んで岩の上に安置した。さらに虚空蔵菩薩の尊像を刻んで本尊とし、寺号を焼山寺、山号を摩盧山(摩盧は水輪の意とされる)と称したという。
焼山寺の奥の院は本堂からさらに30分ほど上った蔵王大権現である。
本堂 参道の杉並木(県の天然記念物)
御朱印 左が平成元年、右が平成18年に拝受したもの。中央の文字は虚空蔵菩薩の種字「タラーク」に「虚空蔵」。中央の朱印は宝珠に梵字の「ア」「オン」「タラーク」。左下の朱印は「虚空蔵院」。

<<前へ 発心の道場へ 次へ>>


2007.04.01
古今宗教研究所
Copyright(C) 1998-2010 Murakami Tetsuki. All rights reserved.