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古今御朱印研究室

四国八十八ヶ所

第13番
大栗山 大日寺
〔おおぐりざん だいにちじ〕

大日寺本堂
本 堂

大栗山 花蔵院 大日寺 (おおぐりざん けぞういん だいにちじ)
本尊 十一面観世音菩薩
創建年代 弘仁6年(815)
開基 弘法大師
宗派 真言宗大覚寺派
所在地 徳島県徳島市一宮町西丁263 (地図表示:マピオン)
御詠歌 阿波の国 一の宮とはゆうだすき かけてたのめや この世後の世
メモ 焼山寺から鮎喰川沿いに県道21号線を下り、徳島平野に出るところにある。道路をはさんで、向かいには一宮神社が鎮座する。
本来の札所は一宮神社で、大日寺が別当として納経を司っていた。江戸時代の納経帳には「一宮大明神 別當大日寺」とある(参照.四国巡拝センター:公開!江戸幕末の納経帳)。
また、現在大日寺の本尊とされている十一面観音は行基菩薩の作と伝えられ、もともと一宮大明神の本地仏であった。明治の神仏分離の際に大日寺に移され、本尊とされたものである。
大日寺は弘法大師の開基。弘仁6年(815)この地を巡錫中、鮎喰川の対岸にある「大師ヶ森」で護摩の修法をしていると、紫雲が棚引き大日如来が示現した。そこで大師は大日如来の尊像を刻み、本尊として一宇を建立した。これに因んで大日寺と号する。
大師作の大日如来像は、一宮大明神から十一面観音を移してきた時に脇侍とされたが、大日寺の寺号はそのままである。
なお、一宮神社は神山町の上一宮大粟神社から遷し祀られたもので、式内名神大社・天石門別八倉比売神社の論社である。上一宮に対して下一宮とも称されたという。一般に阿波国一宮というと大麻比古神社(一番霊山寺の鎮守・奥之院であった)とされるが、これは中世以降のことで、元は上一宮大粟神社が一宮であり、下一宮(一宮神社)が現社地に勧請されて以降、下一宮が一宮とされたという。
他の三国でも一宮が札所であったこと(ただし伊予の大山祇神社は遙拝所の別宮大山祇神社が札所となり、讃岐の田村神社は藩主の命により早くに神仏分離が行われたため別当の一宮寺が札所となったため、江戸末まで札所であったのは土佐神社だけ)、大麻比古神社は霊山寺の奥の院ではあっても札所ではないこと、上一宮大粟神社の別当は大粟山神宮寺だが、大日寺の奥の院は大瀧山建治寺とされ、神宮寺は番外札所とさえもされていないことなど、八十八ヶ所成立の年代や経緯を考える上で興味深い課題がたくさんある。
なお、山門を入ると、正面に合掌した手の中に安置された「しあわせ観音」の像がある。その名の通り幸せを祈るとよいとされ、参詣者に親しまれているそうだ。
大師堂 しあわせ観音
大師堂 しあわせ観音
御朱印 左が平成元年、右が平成18年に拝受したもの。どちらも、中央の墨書は十一面観音の種字「キャ」に「大悲殿」。中央の朱印は法輪、左下は「太栗山 花蔵院」と思われる。
平成元年の納経印 平成18年の納経印

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2007.04.08
改訂:2007.06.10
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