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古今御朱印研究室

四国八十八ヶ所

第35番
医王山 清瀧寺
〔いおうざん きよたきじ〕

清瀧寺本堂

医王山 鏡池院 清滝寺 (いおうざん きょうちいん きよたきじ)
本尊 薬師如来
創建年代 養老7年(723)
開基 行基菩薩
宗派 真言宗豊山派
所在地 高知県土佐市高岡町568−1 (地図表示:マピオン)
御詠歌 澄む水を汲めば心の清滝寺 波の花散る岩の羽衣
文化財 〈重文〉木造薬師如来立像 〈県史跡〉高丘親王塔
メモ 清滝山の中腹に建つ。寺のシンボルは本堂前の薬師如来像で、高さ15mという。中に戒壇巡り〔かいだんめぐり〕があり、厄除けに霊験あらたかとされる。種間寺と同じく、安産のために底を抜いた柄杓を納める信仰がある。
行基菩薩の開創と伝える。当時は景山密院繹木寺と称した。弘仁年間(810〜24)弘法大師が留錫し、北の山中で七日間の修法を行った。満願の日に岩の下を金剛杖で突くと、水が湧き出して滝になり、鏡池ができた。そこで寺号を清瀧寺、院号を鏡池院に改めたという。
境内の入らずの山にある五輪塔は真如法親王〔しんにょほっしんのう〕の逆修の塔〔ぎゃくしゅうのとう〕と伝えられる。真如法親王は平城天皇の第三王子・高丘親王のこと。嵯峨天皇のとき皇太子に立てられたが、薬子の乱〔くすこのらん〕の後に廃され、出家して弘法大師の弟子となった。大師の十大弟子の一人で、今に伝わる弘法大師の肖像の元となる高野山御影堂の大師御影は真如法親王の筆とされる。密教の師を求めて天竺へと向かい、マレー半島で客死したと伝えられる。
伝承によれば、貞観3年(861)親王は大師の夢告によって土佐へ下向し、清瀧寺に1年間留錫した。退去するにあたって逆修の塔を建てたという。
奥の院は、寺号の由来となった閼伽井〔あかい〕の泉である。
大師堂 本堂向拝・捨身誓願の彫刻
大師堂 本堂向拝・捨身誓願の彫刻
御朱印 左が平成元年、右が平成19年に拝受したもの。中央の墨書は薬師如来の種字「ベイ」に「薬師如来」。中央の朱印は同じく宝珠に梵字「ベイ」。
平成元年の納経印 平成19年の納経印

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2007.06.24
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