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古今御朱印研究室

四国八十八ヶ所

第57番
府頭山 栄福寺
〔ふとうざん えいふくじ〕

栄福寺本堂
本 堂

府頭山 無量院 栄福寺 (ふとうざん むりょういん えいふくじ)
本尊 阿弥陀如来
創建年代 弘仁年間(810〜24)
開基 弘法大師
宗派 高野山真言宗
所在地 愛媛県今治市玉川町八幡甲200 (地図表示:マピオン)
御詠歌 この世には弓矢を守る八幡なり 来世は人を救う弥陀仏
公式サイト http://www.eifukuji.jp/
メモ 八幡山の山腹に建つ。元は長福寺と称し、寛政4年(1792)に栄福寺と改めた。江戸時代までは石清水八幡宮(現・石清水八幡神社)が札所で、栄福寺が別当として祭祀や納経を司っていた。
寺伝によれば、弘法大師がこの地を巡錫した折、近辺の海で海難事故が多いことを知り、海神供養の護摩供を修した。その満願の日、海中より阿弥陀如来が現れたので、府頭山(八幡山)に一宇を建立して安置したのが始まりとされる。後、嵯峨天皇の勅願寺となったという。
貞観元年(859)行教上人が宇佐より八幡大神を奉じて山城の男山(石清水八幡宮)に向かう途中、嵐にあって当地の沖を漂流した。その時、望見した府頭山の山容が男山に似ていることから、八幡宮を勧請し、神仏習合の霊場となったとされる。これが石清水八幡神社であり、江戸時代までは勝岡八幡とも称した。
明治の神仏分離により栄福寺は独立、札所を引き継ぎ、山麓の現在地に移った。
本堂に置かれている箱車は、昭和8年(1933)に参拝した足の不自由な15歳の少年遍路が使っていたものである。栄福寺に参拝したとき、車を引いていた犬に引っ張られて転倒。ところが、起き上がったときには歩けるようになっていた。その霊験に感謝して奉納したという。
栄福寺への道を、境内に入らずに直進し、石段を上りきると、旧札所の石清水八幡神社が鎮座する。ここから今治平野・瀬戸内海の眺望は格別である。
お願い地蔵尊 薬師堂と金比羅権現堂
お願い地蔵尊 薬師堂と金比羅権現堂
大師堂 本堂に奉納された箱車
大師堂 本堂に奉納された箱車
御朱印 左が平成元年、右が平成18年に拝受したもの。中央の文字は「阿弥陀如来」。中央の朱印は阿弥陀如来の種字「キリーク」、左下は「府頭山印」。
平成元年の納経印 平成18年の納経印

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2007.09.02
更新:2009.06.05
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