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本 堂
| 府頭山 無量院 栄福寺 (ふとうざん むりょういん えいふくじ) | |
|---|---|
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 創建年代 | 弘仁年間(810〜24) |
| 開基 | 弘法大師 |
| 宗派 | 高野山真言宗 |
| 所在地 | 愛媛県今治市玉川町八幡甲200 (地図表示:マピオン) |
| 御詠歌 | この世には弓矢を守る八幡なり 来世は人を救う弥陀仏 |
| 公式サイト | http://www.eifukuji.jp/ |
| メモ | 八幡山の山腹に建つ。元は長福寺と称し、寛政4年(1792)に栄福寺と改めた。江戸時代までは石清水八幡宮(現・石清水八幡神社)が札所で、栄福寺が別当として祭祀や納経を司っていた。 寺伝によれば、弘法大師がこの地を巡錫した折、近辺の海で海難事故が多いことを知り、海神供養の護摩供を修した。その満願の日、海中より阿弥陀如来が現れたので、府頭山(八幡山)に一宇を建立して安置したのが始まりとされる。後、嵯峨天皇の勅願寺となったという。 貞観元年(859)行教上人が宇佐より八幡大神を奉じて山城の男山(石清水八幡宮)に向かう途中、嵐にあって当地の沖を漂流した。その時、望見した府頭山の山容が男山に似ていることから、八幡宮を勧請し、神仏習合の霊場となったとされる。これが石清水八幡神社であり、江戸時代までは勝岡八幡とも称した。 明治の神仏分離により栄福寺は独立、札所を引き継ぎ、山麓の現在地に移った。 本堂に置かれている箱車は、昭和8年(1933)に参拝した足の不自由な15歳の少年遍路が使っていたものである。栄福寺に参拝したとき、車を引いていた犬に引っ張られて転倒。ところが、起き上がったときには歩けるようになっていた。その霊験に感謝して奉納したという。 栄福寺への道を、境内に入らずに直進し、石段を上りきると、旧札所の石清水八幡神社が鎮座する。ここから今治平野・瀬戸内海の眺望は格別である。 |
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| お願い地蔵尊 | 薬師堂と金比羅権現堂 |
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| 大師堂 | 本堂に奉納された箱車 |
| 御朱印 | 左が平成元年、右が平成18年に拝受したもの。中央の文字は「阿弥陀如来」。中央の朱印は阿弥陀如来の種字「キリーク」、左下は「府頭山印」。 |
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2007.09.02
更新:2009.06.05
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