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古今御朱印研究室

四国八十八ヶ所

第59番
金光山 国分寺
〔こんこうざん こくぶんじ〕

国分寺本堂
本 堂

金光山 最勝院 国分寺 (こんこうざん さいしょういん こくぶんじ)
本尊 薬師如来
創建年代 天平13年(741)
開基 行基菩薩
宗派 真言律宗 別格本山
所在地 愛媛県今治市国分四丁目1-33 (地図表示:マピオン)
御詠歌 守護のため建ててあがむる国分寺 いよいよめぐむ薬師なりけり
文化財 〈史跡〉伊予国分寺塔跡 〈県有形文化財〉紙本金地著色柳橋図 国分寺文書
メモ 天平13年(741)聖武天皇の勅願により諸国に創建された国分寺の一つ。行基菩薩が下向して建立したという。天平勝宝8年(756)の「道場具の領下の詔」にその名が認められることから、その頃には完成していたと考えられている。
元の伽藍は現在の境内の東方100mほどのところにあり、七重塔の礎石が残っている(国の史跡)。全国でも屈指の規模を誇る伽藍であったらしい。
第3世智法律師のとき、弘法大師が滞在し、五大明王の絵像を残した。また、真如法親王も当寺で法華経を書写して残したという。
その後、天慶の藤原純友の乱、源平の合戦、南北朝の動乱のために三度焼失したが、そのたびに領主等により再建された。しかし天正12年(1584)伊予に侵入した長宗我部の兵火にかかって炎上して後は、わずかに小庵が残るのみとなった。
現在の本堂は寛政元年(1789)恵光上人によって再建されたものである。境内は往時に比べて遥かに狭くなったとはいえ、堂々たる規模を誇る。近くには南朝の忠臣・脇屋義助(新田義貞の弟)の墓もある。
鐘楼 大師堂
鐘楼 大師堂
握手修行大師 国分寺塔跡
握手修行大師 国分寺塔跡
御朱印 左が平成元年、右が平成18年に拝受したもの。中央の文字は薬師如来の種字「ベイ」に薬師如来。中央の朱印も同じく梵字の「ベイ」、左下は「伊予之国別格本山国分寺印」。
平成元年の納経印 平成18年の納経印

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2007.09.16
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