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本 堂
| 金光山 最勝院 国分寺 (こんこうざん さいしょういん こくぶんじ) | |
|---|---|
| 本尊 | 薬師如来 |
| 創建年代 | 天平13年(741) |
| 開基 | 行基菩薩 |
| 宗派 | 真言律宗 別格本山 |
| 所在地 | 愛媛県今治市国分四丁目1-33 (地図表示:マピオン) |
| 御詠歌 | 守護のため建ててあがむる国分寺 いよいよめぐむ薬師なりけり |
| 文化財 | 〈史跡〉伊予国分寺塔跡 〈県有形文化財〉紙本金地著色柳橋図 国分寺文書 |
| メモ | 天平13年(741)聖武天皇の勅願により諸国に創建された国分寺の一つ。行基菩薩が下向して建立したという。天平勝宝8年(756)の「道場具の領下の詔」にその名が認められることから、その頃には完成していたと考えられている。 元の伽藍は現在の境内の東方100mほどのところにあり、七重塔の礎石が残っている(国の史跡)。全国でも屈指の規模を誇る伽藍であったらしい。 第3世智法律師のとき、弘法大師が滞在し、五大明王の絵像を残した。また、真如法親王も当寺で法華経を書写して残したという。 その後、天慶の藤原純友の乱、源平の合戦、南北朝の動乱のために三度焼失したが、そのたびに領主等により再建された。しかし天正12年(1584)伊予に侵入した長宗我部の兵火にかかって炎上して後は、わずかに小庵が残るのみとなった。 現在の本堂は寛政元年(1789)恵光上人によって再建されたものである。境内は往時に比べて遥かに狭くなったとはいえ、堂々たる規模を誇る。近くには南朝の忠臣・脇屋義助(新田義貞の弟)の墓もある。 |
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| 鐘楼 | 大師堂 |
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| 握手修行大師 | 国分寺塔跡 |
| 御朱印 | 左が平成元年、右が平成18年に拝受したもの。中央の文字は薬師如来の種字「ベイ」に薬師如来。中央の朱印も同じく梵字の「ベイ」、左下は「伊予之国別格本山国分寺印」。 |
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2007.09.16
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