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本 堂
| 白牛山 千手院 国分寺 (はくぎゅうざん せんじゅいん こくぶんじ) | |
|---|---|
| 本尊 | 十一面千手観世音菩薩 |
| 創建年代 | 天平13年(741) |
| 開基 | 行基菩薩 |
| 宗派 | 真言宗御室派 別格本山 |
| 所在地 | 香川県高松市国分寺町国分2065 (地図表示:マピオン) |
| 御詠歌 | 国を分け野山をしのぎ寺々に 詣れる人を助けましませ |
| 文化財 | 〈重文〉本堂 木造千手観音立像 銅鐘 〈特別史跡〉讃岐国分寺跡 |
| メモ | 聖武天皇の勅願によって諸国に建てられた国分寺の一つ。『続日本紀』の記事から、天平勝宝8年(756)には完成していたことがわかっている。 讃岐国分寺は建物こそ再建であるが、創建時と同じ場所にあり、しかも遺構の保存状態がよいので、国の特別史跡に指定されている。 寺伝によれば、行基菩薩の開創で、丈六の千手観音を刻んで本尊とした。弘仁年間(810〜24)弘法大師が留錫し、伽藍や本尊を修復したという。 現在の本堂は鎌倉時代のもので、創建時の講堂の礎石を利用している。天正年間((1573〜92)長宗我部の兵火にかかるが、本堂は焼失を免れた。本堂前には金堂の礎石が残る。 行基菩薩の作という巨大な本尊は、実際には平安後期のもののようで、永長元年(1096)に出された諸国の国分寺に丈六の観音像を安置するようにという命との関連が考えられるという。 境内の鐘楼にかかる梵鐘は、県内最古という名鐘。天平年間の鋳造とも伝えられる。伝説によれば、この鐘は香川郡安原郷(高松市塩江町)の百々渕に住む大蛇がかぶっていたものという。この大蛇が周囲の人々に害をなすため、弓の名人の戸次八郎が退治に向かったが、鐘をかぶっているために矢が当たらなかった。そこで、日頃信仰する国分寺の千手観音に祈願したところ、見事に討ち取ることができたので、その鐘を奉納したという。 後に高松藩主となった生駒一正は、名鐘と名高いこの鐘を持ち帰り、御城下で時を告げる鐘とした。ところが、それ以来、高松の町には怪異が起こり、しかも鐘はかつての美しい音を響かせず、「国分にいぬ(帰る)」と鳴る。一正は鐘の祟りと悟り、国分寺に返したと伝えられる。 |
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| 仁王門 | 大師堂 |
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| 鐘楼 | 境内(金堂の礎石) |
| 御朱印 | 左が平成元年、右が平成19年に拝受したもの。中央の文字は「千手尊?」。中央の朱印は千手観音の種字「キリーク」、左下は「千手院」。 |
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2007.11.26
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