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本 堂
| 五剣山 観自在院 八栗寺 (ごけんざん かんじざいいん やくりじ) | |
|---|---|
| 本尊 | 聖観世音菩薩 |
| 創建年代 | 延暦23年(804)/天長6年(829) |
| 開基 | 弘法大師 |
| 宗派 | 真言宗大覚寺派 |
| 所在地 | 香川県高松市牟礼町牟礼3416 (地図表示:マピオン) |
| 御詠歌 | 煩悩を胸の智火にて八栗をば 修行者ならで たれか知るべき |
| 文化財 | 〈重文〉本堂(附・厨子1基) 木造千手観音坐像 梵鐘 |
| 公式サイト | http://www.shikoku-cable.co.jp/yakuri/(四国ケーブル) |
| メモ | 五剣山の中腹に伽藍が建つ。歩くと急な坂道を登ることになるが、現在はケーブルカーで簡単に登ることができる。 五剣山は、山頂が五つの峰に分かれていたことに因むが、宝永3年(1806)の大地震で東の一峰が崩れ、現在は四つの峰が残っている。 延暦23年(804)弘法大師が堂宇を建立し、聖観世音菩薩を安置したのが始まりと伝えられる。山頂から四方を見ると八ヶ国が見えることから「八国寺」と号したとされる。大師は渡唐の無事を祈願するとともに、その前功を試みるために焼き栗8個を埋めたという。 天長6年(829)唐から帰朝した大師は再びこの山に登り、求聞持法を修した。満願の日に天から五柄の剣が降り、金剛蔵王権現が現れて託宣を降した。そこで剣を五つの峰の中腹に埋め、五剣山と名付けた。また、8個の焼き栗がすべて芽を吹き、成長していたことから寺号も八栗寺と改めたという。 この寺も天正年間(1573〜92)長宗我部の兵火により全山焼失した。文禄年間(1592〜96)無辺上人によって再興され、その後、松平頼重・頼豊が諸堂を再建して高松藩の祈願所とした。 八栗寺は「八栗の聖天さん」と呼ばれるように、聖天(歓喜天)の霊場としても信仰を集める。本堂の斜め前に建つ聖天堂には、弘法大師作と伝えられ、木食以空上人が後水尾天皇の皇后・東福門院より賜ったものである。 また、中将坊堂には、五剣山を守護する天狗の八栗山中将坊を祀る。 |
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| 境内と五剣山 | 仁王門 |
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| 聖天堂 | 大師堂と多宝塔 |
| 御朱印 | 左が平成元年、右が平成19年に拝受したもの。中央の文字は「本尊正観音」。中央の朱印は聖観世音菩薩の種字「サ」、左下は「五剣」。 |
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2007.12.16
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