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本 堂
| 補陀洛山 観音院 長尾寺 (ふだらくさん かんのんいん ながおじ) | |
|---|---|
| 本尊 | 聖観世音菩薩 |
| 創建年代 | 天平11年(739) |
| 開基 | 行基菩薩 |
| 宗派 | 天台宗 |
| 所在地 | 香川県さぬき市長尾西653 (地図表示:マピオン) |
| 御詠歌 | あしびきの山鳥の尾の長尾寺 秋の夜すがら御名を唱えよ |
| 文化財 | 〈重文〉経幢 |
| メモ | 聖徳太子の開創とも伝えられる。天平11年(739)行基菩薩がこの地を巡錫したとき、霊夢を感得して楊柳に聖観音を刻み、堂宇を建立して安置したという。 大同年間(806〜10)渡唐に際して弘法大師が留錫し、年頭七夜の護摩秘法を修し、入唐求法の無事を祈願した。この時、集まった善男善女に護摩府を与えたと伝えられ、これに因んで毎年正月7日の大会陽に「福奪い」が行われる。三本の宝木が投下され、それを裸の若者が奪い合う勇壮な行事である。 唐より帰朝した大師は、大日経を一石に一字書写して万霊の供養塔を建立し、伽藍を整えた。 その後、兵火により伽藍は焼失し、慶長年間(1596〜1615)讃岐の国主となった生駒一正によって再建される。天和元年(1681)高松藩主・松平頼重が現在の堂宇を建立、同3年(1683)真言宗より天台宗に改めさせた。 山門の仁王像は大阪で造られ、船で志度浦に運ばれた後、自らの足で長尾寺まで歩いたという伝説がある。また、門前にある二基の経幡は弘安6年(1283)と同9年(1286)の銘があり、元寇の犠牲者を供養するために建立されたものと考えられている(重文)。 また、義経と別れた静御前はこの寺で得度したと伝えられ、剃髪したときに髪を納めたという剃髪塚が境内に残る。 1月7日の大会陽では「福奪い」のほか、「大鏡力餅」という行事も行われる。1月2日の三味線餅つきでつかれた大鏡餅を載せた大三宝、合わせて四十貫(約150キロ)を抱え、歩いた距離を競うもので、全国から力自慢が集まる。 長尾寺の奥の院は、紫雲山玉泉寺である。 |
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| 仁王門 | 大師堂 |
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| 護摩堂 | 静御前剃髪塚 |
| 御朱印 | 左が平成元年、右が平成19年に拝受したもの。中央の文字は、元年のものが聖観世音菩薩の種字「サ」に「聖観音」、19年が同じく「サ」に「大悲殿」か? 中央の朱印は梵字の「サ」、左下は「長寺」か? |
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2007.12.23
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