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古今御朱印研究室

四国八十八ヶ所

番外
眞念庵
しんねんあん

真念庵

市瀬山 真念庵 (いちのせざん しんねんあん)
本尊 地蔵菩薩
創建年代 天和年間(1681〜83)
開基 宥弁坊真念
宗派  
所在地 高知県土佐清水市下ノ加江市野瀬 (地図表示:マピオン)
御詠歌 法性の室戸といへど我住めば 有為の波風たたぬ日ぞなき
メモ 真念庵の名称は、四国遍路の隆盛の基礎を作った真念法師の名に因む。宥弁坊真念は、二十数回四国霊場を巡拝し、各地に道標や遍路宿を建てるとともに、『四国辺路道指南』などを著し、四国遍路の普及・大衆化に努めたことから、四国遍路の父と称される。
37番仁井田五社(現在の札所は岩本寺)から38番金剛福寺、39番延光寺は四国霊場中、札所間の距離が最も長い難所である。そこで真念は、これら三つの札所の中間点で、難所・伊豆田峠を下りたところにある市野瀬に地蔵菩薩を祀る堂を建立し、遍路の便宜を図った。この堂が後に真念庵と呼ばれるようになった。往時の遍路は、この庵に荷物を置き、足摺岬の金剛福寺へと向かったという。
伊豆田トンネルを越えてすぐの交差点から、県道346号線(旧国道321号線)に入り、400mほど進むと真念庵への入り口がある。昔ながらの遍路道をしばらく歩くと、四国八十八ヶ所の本尊の石仏が並び、向かいに小さなお堂がある。地域の人々によって大切に守られているようだ。
納経は、近年まで登り口近くの山本ストアーで受け付けていたが、高齢のため、平成19年から近くのお宅で対応することになったという。そうとは知らず、山本ストアーの前でウロウロしているところを、新しく担当することになったご本人から声をかけられた。実は、我々(この時は二人で回っていたので)が記念すべき第一号とのことで、「初めてなので、よくわからないのだけど…」といいながら押してくださったのが、下の納経印である。
「日本第一霊場」の印の由来はよくわからない。私自身は、真念庵が、というより、四国霊場全体のことを指しているのではないかと考えている。そのほうが、四国遍路の普及に尽くした真念法師の思いにも叶っているように思われる。ともあれ、この印をいただきたいということで訪れる人の多い番外霊場である。無論、真念法師に対する強い敬愛の念もあるだろう。
なお、真念法師の墓は昭和48年(1973)牟礼町(現・高松市)の共同墓地で発見され、同55年(1980)同町内の洲崎寺に移された。
真念庵への遍路道 四国八十八ヶ所本尊の石仏
真念庵への遍路道 四国八十八ヶ所本尊の石仏
真念庵の納経印 真念庵の納経印

納経印は黒の文字部分のみ二種類ある。通常は左のものであろう。墨印の文字は「奉納経 〔地蔵菩薩の種字「カ」〕本尊地蔵薩 〔梵字の「カン」?〕弘法大師 土佐幡多足摺打戻 市ノ瀬山 眞念庵」。朱印は右が「日本第一霊場」、中央上が弘法大師の絵像に「大正三年土佐眞念菴千百年紀念印」(弘法大師による四国霊場開創千百年のことであろう)、中央下は宝珠に地蔵菩薩の種字「カ」、左下は「土佐ハタ一ノセ山眞念菴」。右のものの墨印部分は「奉納経 本尊地蔵大士 土州幡多郡市瀬山 眞念菴」。

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2008.05.25
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