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古今御朱印研究室

諸国神社御朱印集

妙見本宮
千葉神社
ちばじんじゃ

千葉神社拝殿(重層社殿)
重層社殿(拝殿)

千葉神社 (ちばじんじゃ)
御祭神 天之御中主大神〔あめのみなかぬしのおおかみ〕(妙見さま)
〈相殿〉
経津主神〔ふつぬしのかみ〕
日本武尊〔やまとたけるのみこと〕
旧称・通称 北斗山尊光院金剛授寺 妙見寺 千葉妙見 妙見本宮
鎮座地 千葉市中央区院内一丁目16−1 (地図表示:マピオン)
創建年代 長保2年(1000)
社格等 旧県社
由緒 千葉駅から少し歩いたところに鎮座する。もとは真言宗の真言宗の北斗山金剛授寺といい、明治の神仏分離で神社になった。千葉氏の妙見信仰の中心であり、妙見本宮を称し、厄除開運・八方除〔はっぽうよけ〕で名高い。妙見菩薩〔みょうけんぼさつ〕・北辰妙見尊星王〔ほくしんみょうけんそんしょうのう〕は北極星のことで、天之御中主神と同一視される。
千葉氏の祖・平良文〔たいらのよしふみ〕は妙見尊を深く信仰し、戦で加護を得たことから、千葉氏は妙見尊を一門の守護神として祀った。因みに、同族の秩父氏も妙見菩薩を信仰し、秩父神社に妙見信仰が入っている。
良文の孫・平忠常〔たいらのただつね〕が御分霊を祀ったのが千葉神社の淵源とされる(年代は不詳)。その次男・覚算大僧正が伽藍〔がらん〕を整備、長保2年(1000)、一条天皇の眼病平癒の勅願所とされ、北斗山尊光院金剛授寺の寺号を賜った。大治元年(1126) には千葉氏の城に祀られていた御尊体を金剛授寺に遷し、妙見信仰の中心として武将から庶民に至るまで広く信仰を集めた。源頼朝も参詣し、願文・太刀を奉納したという。
また、日蓮上人が宗門弘通〔ぐつう〕を祈願して参籠し、奇瑞を得たところから「この妙見尊こそ我が宗門の守護である」と讃嘆し、誓願成就の後に自筆の法華経を奉納したという。日蓮宗が妙見菩薩を尊重することは周知のとおりである。
江戸に入った徳川家康は金剛授寺に参詣し、太刀一振りを奉納して寺領を安堵した。また、寺号を妙見寺に改めるよう命じている。以後、将軍家より朱印地200石と十万石の格式を許された。
明治維新に際し、神仏分離のために妙見寺は廃され、千葉神社と改められた。
例祭 8月16日〜22日(妙見大祭、だらだら祭)
神事・行事 1月25日/初天神(千葉天神)
3月20日〜4月/十三詣
3月〜4月/茅の輪くぐり(千葉天神)
5月25日/神恩祭(千葉天神)
9月25日/千葉天神例祭(千葉天神)
11月酉の日/お酉さま
12月28日/納めの妙見
毎月22日・28日/妙見様御縁日
公式サイト http://www.chibajinja.com/
メモ 中世の関東に栄えた千葉一族から篤く崇敬され、各地に分霊が勧請されたことから、その中心として妙見本宮を称している。
平成2年に造営された社殿は、我が国初の重層社殿であり、上下に拝殿を備える。北斗山金剛授寺に因み、二階拝殿を北斗殿、一階拝殿を金剛殿と称する。
境内をはさんだ向かいには、楼門型社殿の尊星殿が建つ。一階中央の福徳殿には北辰妙見尊星王の御分霊を祀る。陰陽道や九星気学などにゆかりの深い妙見尊に因み、八卦・十二支をモチーフとした非常に興味深い造りになっている。
分霊社・尊星殿 福徳殿
分霊社・尊星殿 福徳殿
境内社 御嶽さま
境内社 御嶽さま
妙見延寿の井 福授けの亀岩
妙見延寿の井 福授けの亀岩
千葉神社の御朱印 千葉天神の御朱印

中央の朱印は「妙見本宮・厄除開運・千葉神社」。本社の他、摂社の千葉天神の御朱印もある。

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2010.02.17
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