古今宗教研究所 >古今御朱印研究室 > 諸国神社御朱印集 > 大阪府

古今御朱印研究室

諸国神社御朱印集

枚岡神社
ひらおかじんじゃ

枚岡神社

枚岡神社 (ひらおかじんじゃ)
御祭神 天児屋根命 比売御神 武甕槌命 斎主命(経津主命)
鎮座地 大阪府東大阪市出雲井町7−16 (Mapion/googlemap
社格等 式内社(名神大・月次相嘗新嘗) 旧官幣大社 河内国一宮 別表神社
公式サイト http://www.hiraoka-jinja.org/

枚岡神社の御由緒

中臣連〔なかとみのむらじ〕(後の藤原氏)などの祖神・天児屋根命を中臣の支族である平岡連〔ひらおかのむらじ〕が祀ったものと考えられる。神護景雲2年(768)春日大社創立の際、枚岡神社より天児屋根命・比売御神を迎えたことから、元春日と称される。宝亀9年(778)武甕槌命と斎主命を春日大社より迎え、祭神四座となった。

社伝によれば、神武天皇東征の際、中臣氏の祖である天種子命に命じ、祖神・天児屋根命を神津嶽に祀らせたことを創祀とする。白雉元年(651)現社地に遷座した。

皇室の外戚である藤原氏の祖神として朝野の崇敬篤く、貞観元年(859)には神階正一位に昇叙されている。延喜式では四座ともに名神大社に列し、月次・相嘗・新嘗の官幣に預かった。

中世は河内国の一宮とされ、平岡連の末裔・水走氏〔みずはいし〕が祭祀を司るようになる。水走氏は早くより河内源氏の配下となり、有力武士団として成長し、鎌倉時代を通じて繁栄した。南北朝期には楠木氏と行動をともにしたため、次第に衰退し、江戸時代には枚岡神社の社家として存続した。

特殊神事には粥占神事や、神武東征に由来する平国祭などがある。秋祭りは秋郷祭と称し、二十台を超す布団太鼓(太鼓台)や地車が奉納される勇壮な祭として名高い。

枚岡神社の御朱印

枚岡神社の御朱印

中央の朱印は「枚岡神社」、上は「下り藤」の神紋。

枚岡神社の昔の御朱印

 昭和2年 昭和14年頃   

右は昭和2年、左は昭和14年頃の御朱印。
昭和2年のものは中央に「枚岡神社章」、その上に「官幣大社」。
昭和14年のものは「官幣大社枚岡神社」で、昭和17年発行の『惟神の礎』にもこの印が掲載されている。

もどる

枚岡神社の概要

名称 枚岡神社
旧称 平岡大明神 元春日平岡大社
御祭神 〈第一殿〉
天児屋根命〔あめのこやねのみこと〕
〈第二殿〉
比売御神〔ひめみかみ〕
〈第三殿〉
武甕槌命〔たけみかづちのみこと〕
〈第四殿〉
斎主命〔いわいぬしのみこと〕(経津主命〔ふつぬしのみこと〕
鎮座地 大阪府東大阪市出雲井町7−16
創建年代 伝・神武天皇紀元前3年(B.C.663)
社格等 式内社 旧官幣大社 河内国一宮 別表神社
延喜式 河内國河内郡 枚岡神社四座 並名神大 月次相嘗新嘗
例祭 2月1日
神事・行事 1月15日/粥占神事
5月21日/平国祭
8月第4日曜日/千灯明奉納神事
10月14〜15日/秋郷祭(布団太鼓)
12月25日/注連掛及初穂祭
巡拝等 神仏霊場60番
鳥居 本殿
鳥居 本殿(春日造四棟)
祝詞舎前にて祭典の準備 神使の鹿
祝詞舎前にて祭典の準備 神使の鹿

◆メモ
参拝は秋祭り初日の午前。布団太鼓などはまだ出ていなかったが、参道から境内にかけては祭の準備で浮き立っていた。人々の喧噪に、祭り囃子の音が重なる。参拝客も普段より多いようで、拝殿の前に人が途切れることがない。その分、写真も撮りにくかったのだが…。それでも祭の雰囲気はいいものである。

もどる


2007.07.01
更新:2015.11.14
古今宗教研究所
Copyright(C) 1998-2016 Murakami Tetsuki. All rights reserved.