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古今御朱印研究室

諸国神社御朱印集

海神社
わたつみじんじゃ

海神社境内

海神社 (わたつみじんじゃ)
御祭神 底津綿津見神 中津綿津見神 上津綿津見神 〈相殿〉大日孁貴尊
鎮座地 神戸市垂水区宮本町5−1 (Mapion/googlemap
社格等 式内社(名神大・月次新嘗) 旧官幣中社 別表神社

海神社の御由緒

社伝によれば、神功皇后が三韓征伐よりの帰途、この地で暴風雨に遭い、進むことができなくなった。そこで自ら綿津見三神を祀ったところ、たちまち風雨が収まった。その地に社殿を建立したのが創祀とされる。

海神社と書いて「わたつみじんじゃ」と読ませるのは本居宣長の説による。古くは「あま」「たるみ」と読んだようである。現在では「かいじんじゃ」と呼ばれることが多い。

古くは明石国造であった海直(後の大和赤石連)の氏神として奉斎されたものであろう。海上交通の要衝に位置することもあり、海上鎮護の神として篤く崇敬された。延喜式では名神大社に列し、月次・新嘗の官幣に預かる。

江戸時代には明石藩主の崇敬を受け、明治4年(1871)には国幣中社に列格、社名を「海神社」に復す。さらに明治30年(1897)官幣中社に昇格した。

海神社の御朱印

海神社の御朱印

上の朱印は波に菊の神紋、下は「海神社」。

海神社の昔の御朱印

昭和5年 昭和10年代

左は昭和5年の御朱印。中央の朱印は「官幣中社海神社」、右上は「播磨 官幣中社」、左下は「播磨國海神社社務所」。因みに現在の垂水区が神戸市に編入されたのは昭和16年で、昭和5年時点では明石郡垂水町であった。
右は昭和10年代のもの。上は波に菊の神紋。下は「官幣中社海神社」で、昭和17年発行の『惟神の礎』にもこの印が掲載されている。昭和5年のものと同じデザインだが文字が少し違う。現在用いられている御朱印は、この印から「官幣中社」を除いたデザインのようだ。

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海神社の概要

海神社 (わたつみじんじゃ)
御祭神 底津綿津見神〔そこつわたつみのかみ〕
中津綿津見神〔なかつわたつみのかみ〕
上津綿津見神〔うわつわたつみのかみ〕
〈相殿〉
大日孁貴尊〔おおひるめむちのみこと〕
旧称・通称 海(あま/たるみ)神社 日向大明神 衣財田大明神 海(かい)神社
鎮座地 神戸市垂水区宮本町5−1
創建年代 伝・神功皇后摂政元年(201)
社格等 式内社 旧官幣中社 別表神社
延喜式 播磨國明石郡 海神社三座 並名神大 月次相嘗
例祭 10月11日
神事・行事 1月1日〜15日/百燈明祈願神事
1月10日/とんど祭
2月3日/節分・厄除かわらけ神事
7月10〜12日/夏祭
8月13日〜15日/海の幸みたま祭
10月12日/海上渡御祭
巡拝等 神仏霊場73番
浜大鳥居 国道2号線沿いの鳥居
浜大鳥居 国道2号線沿いの鳥居
拝殿 JR垂水駅より本殿を望む
拝殿 本殿

メモ
JR・山陽電鉄の垂水駅からすぐのところにある。松の多い境内が、いかにも海辺の神社らしい雰囲気を醸し出す。鳥居の前を国道2号線(旧山陽道)が走り、その先は垂水港である。明石海峡を望む海上交通の要衝であり、古来、篤く崇敬された意味がよくわかる。〈古今宗教研究所へ

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2007.05.15
更新:2015.11.14
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