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古今御朱印研究室

諸国神社御朱印集

伊奈波神社
いなばじんじゃ

伊奈波神社

伊奈波神社 (いなばじんじゃ)
御祭神 五十瓊敷入彦命 〈配祀〉淳熨斗媛命 日葉酢媛命 彦多都彦命 物部十千根命
鎮座地 岐阜県岐阜市伊奈波通一丁目1 (Mapion/googlemap
社格等 式内論社 国史見在社 旧国幣小社 美濃国三宮 別表神社
公式サイト http://www.inabasan.com/

伊奈波神社の御由緒

主祭神の五十瓊敷入彦命は垂仁天皇の皇子で、景行天皇の兄に当たる。諸国をまわって池溝を開き、農業を盛んにして人々の生活を安定させたので、民から篤く尊崇されたと伝えられる。

社伝によれば、命が薨去された翌年の景行天皇14年(A.D.84)、稲葉山(金華山)の北西・椿原(現在の岐阜公園の丸山)に鎮斎されたという。現在は境外摂社の丸山神社が鎮座している。

『続日本後紀』承和12年(845)7月16日条に、美濃国厚見郡伊奈波神に従五位下を授け奉ったことが記されている。さらに貞観11年(869)には正五位下、元慶4年(880)には従四位下に進んでいる。弘長元年(1261)に正一位に叙されたと伝えられ、『美濃国神名帳』には「正一位伊奈波大神」とある。

中世には美濃国三宮として崇敬された。天文8年(1539)斉藤道三が稲葉山城を築くに際して現社地に遷座し、城の鎮守とした。この時、式内社の物部神社(配祀の物部十千根命)を合祀したと伝えられる(ただし、伊奈波神社そのものを式内社・物部神社に当てる説もあるらしい)。

その後も岐阜の総鎮守として織田氏・徳川氏から尊崇された。明治6年(1873)県社に列格、昭和14年(1939)国幣小社に昇格。

例祭は、妃神・淳熨斗媛命を祀る金神社、御子神・市隼雄神を祀る橿森神社と同じ4月5日に行われる。神賑行事は神幸祭として4月第一土曜日に行われ、伊奈波神社の神輿が金神社・橿森神社を巡行する。山車の奉曳やからくりの奉納、花火などもあり、岐阜まつりと称される。同じ日に道三まつりも開催され、岐阜市内は祭一色になるという。

伊奈波神社の御朱印

伊奈波神社の御朱印

中央の朱印は「伊奈波神社」、右上は五七の桐と十六菊の神紋。

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伊奈波神社の概要

名称 伊奈波神社
御祭神 五十瓊敷入彦命〔いにしきいりひこのみこと〕
〈配祀〉
淳熨斗媛命〔ぬのしひめのみこと〕(主神の妃君)
日葉酢媛命〔ひばすひめのみこと〕(主神の母君)
彦多都彦命〔ひこたつひこのみこと〕(主神の外祖父)
物部十千根命〔もののべのとちねのみこと〕(主神の功臣)
鎮座地 岐阜県岐阜市伊奈波通一丁目1
創建年代 伝・景行天皇14年(A.D.84)
社格等 式内論社 国史見在社 旧国幣小社 美濃国三宮 別表神社
延喜式 美濃國厚見郡 物部神社
例祭 4月5日
・第一土曜日/神幸祭(岐阜まつり)
神事・行事 1月15日/筒粥神事
1月17日/左義長神事
2月3日/節分祭・手筒煙火奉納祭
旧1月晦日/花の撓大祭
3月初午/楓稲荷初午祭
4月25日/丸山神社祭
5月15日/大黒社例祭
6月第2土曜日/和歌三神社献詠祭
7月24日/黒龍神社祭
7月30日/みそぎ神事
8月14日/須佐之男神社祭・笹提灯奉納祭
9月14日/花の撓講社祭
9月23日/忠魂碑慰霊祭
10月1日/物部祭
12月15日/御神楽祭
文化財 〈重文〉太刀(銘:景依造) 〈県重要文化財〉石造狛犬 木造獅子頭 美濃国三宮因幡神社本縁起
松尾神社 一の鳥居
松尾神社 大鳥居
金山神社・愛宕神社 楓稲荷神社
金山神社・愛宕神社 楓稲荷神社
伊奈波大黒社 黒龍社
伊奈波大黒社 黒龍社
楼門 拝殿
楼門 拝殿

メモ
お盆の帰省の途中に岐阜近辺の神社仏閣を参拝した。当時はまだ臨時列車でなかったムーンライトながらを利用したので、参拝は朝。ところが、社殿が西向きのため、写真はちょうど逆光になってしまった。

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2011.07.20
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