左が山王七社(東本宮)、右が三十番神(小比叡大明神)の御朱印。中央の朱印はどちらも「日吉大社 東本宮」。
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日吉大社
日吉大社 東本宮(ひがしほんぐう) | |
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御祭神 | 大山咋神〔おおやまくいのかみ〕 |
旧称 | 二宮 小比叡 |
鎮座地 | 滋賀県大津市坂本五丁目1−1 (Mapion/googlemap) |
創建年代 | 伝・崇神天皇7年(B.C.91) |
社格等 | 式内社(名神大) 二十二社 旧官幣大社 近江国二宮 別表神社 |
由緒 | 御祭神の大山咋神は、古事記に「この神は近つ淡海国の日枝の山(比叡山のこと)に坐し、また葛野の松尾に坐して、鳴鏑を用つ神ぞ」とあるように、神代からこの地に鎮座する。ただし、ここでいう日枝の山は小比叡すなわち八王子山(牛尾山)のことのようである。 社伝によれば、崇神天皇7年(B.C.91)八王子山頂より現在の地に遷し祀られたことを創祀とする。八王子山に鎮座する牛尾宮は東本宮の奥宮になる。 天智天皇7年(668)大和国の三輪山(大神神社)より大己貴神が勧請されると(西本宮)、大己貴神が主祭神として大宮・大比叡神と称されたのに対し、地主神として二宮・小比叡明神と称された。 貞観元年(859)には従五位下小比叡神に従五位上が奉授され(大比叡神には正二位)、元慶4年(880)には従四位上に進んだ。寿永2年(1183)には正一位に叙される。 明治になると、もともと大山咋神を祀っていたということから、大山咋神が主祭神とされ、大己貴神は摂社の扱いとなる。昭和3年(1928)、東西両本宮を同格とし、御祭神を大己貴神と大山咋神をすることとなり、現在に至る。 |
例祭 | 4月12日〜14日(山王祭) |
神事・行事 | 1月1日/大戸開神事(西本宮・東本宮) 2月3日/節分祭(東本宮) 11月24日/菊花祭表彰式(東本宮) |
文化財 | 〈国宝〉東本宮本殿及び拝殿 〈重文〉東本宮楼門 〈史跡〉日吉神社境内 |
巡拝等 | 神仏霊場149番 |
公式サイト | http://hiyoshitaisha.jp/ |
メモ | 境内入り口の朱の鳥居を入ったところで右に曲がり、二宮橋を渡って進んでいくと、東本宮の楼門が見えてくる。 楼門をくぐると、正面に東本宮の拝殿と本殿、右手に樹下宮の拝殿、左手に樹下宮の本殿がある。樹下宮の拝殿と本殿を結ぶラインが東本宮の参道を横切るような形の珍しい配置である。 東本宮の御朱印は東授与所でいただくことができる。山王七社・法華三十番神の御朱印をまとめていただく場合、墨書は西本宮で書いていただき、印のみ東本宮で押していただく形になる。 |
二宮橋 | 猿の霊石 |
巌滝社 | 二宮竈殿社 |
亀井霊泉と小物忌社 | 大物忌社 |
拝殿 | 本殿 |
左が山王七社(東本宮)、右が三十番神(小比叡大明神)の御朱印。中央の朱印はどちらも「日吉大社 東本宮」。
2012.04.18
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