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古今御朱印研究室

諸国神社御朱印集

生田神社
いくたじんじゃ

生田神社拝殿

生田神社 (いくたじんじゃ)
御祭神 稚日女尊
鎮座地 神戸市中央区下山手通1-2-1 (Mapion/googlemap
社格等 式内社(名神大・月次相嘗新嘗) 旧官幣中社 別表神社
公式サイト http://www.ikutajinja.or.jp/

生田神社の御由緒

日本書紀によれば、神功皇后凱旋の砌、紀伊の水門から難波へ向かったところ、海中で船が動かなくなった。そこで務古の水門〔むこのみなと〕に船を泊めて卜したところ、稚日女尊が「吾は活田長峡国〔いくたのながおのくに〕に居らむ」と託宣したので、海上五十狭茅〔うなかみのいそさち〕に祀らしめた。これが生田神社の創祀である。

この時、同じく神誨によって天照皇大神の荒魂〔あらみたま〕廣田神社、事代主神〔ことしろぬしのかみ〕長田神社、住吉三神が住吉大社に祀られたとされ、特に廣田神社・長田神社とは関係が深い。

稚日女尊は「若々しい日の女神」の意味で、天照皇大神ご自身であるとも、妹あるいは御子であるともされる。生田神社では、天照皇大神のご幼名とする。

因みに丹生都比売神社では、丹生都比売命〔にうつひめのみこと〕と同神とし、天照皇大神の妹であり、三韓征伐の奉賽として紀伊に広大な神領を賜ったと伝える。

古くより朝廷の崇敬篤く、大同元年(806)には神封44戸を賜っている。因みに神戸の地名は生田神社の神戸〔かんべ〕(神社の封戸)に由来する。貞観元年(859)には従四位下、同10年(868)には従一位に叙されている。元慶元年(877)には祈雨の奉幣があった。延喜式では名神大社に列し、月次・相嘗・新嘗、さらに祈雨の官幣に預かった。

枕草子には「社は布留の社(石上神宮)。生田の社」あるいは、「森は大荒木の森、しのびの森、…生田の森」とある。

生田の森は多くの和歌に詠まれ、また一ノ谷の合戦や湊川の合戦では陣が敷かれるなど、その名を歴史に留める。今は社殿の背後に残るだけだが、かつては生田川まで広がっていたという。

また、かつて生田神社は北の砂山〔いさごやま〕(布引の滝付近)にあったが、洪水によって山麓が崩壊したため、現社地へ遷座したという。この時、社殿が倒れた松によって社殿が倒壊したため、生田の神様は松を嫌い、生田の森には松が一本もないと伝えられる。正月にも門松を立てず、杉盛り〔すぎもり〕を飾る。

社殿は第二次大戦の神戸大空襲で焼失し、昭和34年(1959)に再建されたが、平成7年(1995)の阪神・淡路大震災で倒壊。翌8年(1996)復興された。

末社の大海神社は地主神で、猿田彦大神を祀り、全国の船舶関係者から信仰を集めるという。玉垣には海運会社や造船会社の名が刻まれている。夏の例祭は生田神社の夏祭りとして賑わう。

生田神社の御朱印

生田神社の御朱印(平成16年拝受) 生田神社の御朱印(平成20年拝受)

左は平成16年、右は平成20年に拝受した御朱印。朱印は八重桜の神紋と「生田神社」。平成20年にいただいた御朱印には「縁むすびの神」の文字が加えられている。

生田神社の昔の御朱印

 大正8年 昭和4年  昭和9年 

左は大正8年の御朱印。中央の朱印は「生田神社」、右上は八重桜の神紋、左下は「官幣中社生田神社参拝之章」。いずれも中央・右の御朱印に押された印と共通だが、昭和17年発行の『惟神の礎』には、これらとは違う「官幣中社生田神社」という印が掲載されている。
中央は昭和4年のもので、八重桜の神紋と「官幣中社生田神社参拝之章」。右は昭和9年のもので八重桜の神紋と「生田神社」。

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生田神社の概要

生田神社 (いくたじんじゃ)
御祭神 稚日女尊〔わかひるめのみこと〕
鎮座地 神戸市中央区下山手通一丁目2−1
創建年代 伝・神功皇后摂政元年(201)
社格等 式内社 旧官幣中社 別表神社
延喜式 攝津國八部郡 生田神社 名神大 月次相嘗新嘗
例祭 4月15日(生田祭)
神事・行事 4月例大祭の近日/生田祭神幸式
7月15日/千燈祭
8月3〜5日/末社・大海神社祭(大海祭・夏祭)
9月20〜22日/秋祭
巡拝等 神仏霊場66番
大鳥居 楼門
大鳥居 楼門
大海神社 松尾神社
大海神社 松尾神社
本殿 生田の森
本殿 生田森

◆メモ
神戸の名の由来になった神社であり、三ノ宮駅にほど近い神戸の町の真ん中にある。都会の神社だが、緑に朱色の社殿が美しく映える。
三ノ宮の地名も生田神社に関係する。神戸の中心部には、生田裔神八社といって、一宮神社から八宮神社まで、生田の神の御子神を祀る八つの神社がある。その内の三宮神社が鎮座することから三ノ宮(三宮町)の名がある。
阪神大震災では、倒壊した社殿がたびたびメディアに映し出された。災害のたびに復興した神社であり、「甦りの神」として厄除・災難除の祈願に訪れる人が増えているという。最近では、有名芸能人カップルの結婚式で注目された。

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2007.05.06
更新:2015.11.14
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