中央の墨書は地蔵菩薩の種字「カ」に「本尊延命地蔵菩薩」、脇に「弘法大師」。中央の朱印は同じく梵字の「カ」、右上は「二十六番」、左下は「来福寺之印」。
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本 堂
海賞山 地蔵院 来福寺 (かいしょうざん じぞういん らいふくじ) | |
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本尊 | 延命地蔵菩薩 |
創建年代 | 正暦元年(990) |
開山 | 智弁阿闍梨 |
宗派 | 真言宗智山派 |
所在地 | 東京都品川区東大井三丁目13−1 (Mapion/googlemap) |
御詠歌 | 往生に望みをかくる極楽は 月のかたむく西寺の空 |
巡拝 | 玉川八十八ヶ所 |
メモ | 寺伝によれば正暦元年(990)智弁阿闍梨によって開創されたという。元は馬込の長遠寺の末寺であったが、その後、仁和寺の直末になり、香隆寺の兼帯とされたため、明治維新までは親王が住職であったという。明治38年(1905)川崎大師平間寺の末になった。 本尊の地蔵菩薩は弘法大師の作と伝えられ、次のような伝承がある。 開創から年月が経つうちに寺は衰微し、本尊も行方がわからなくなった。文亀元年(1501)梅岩という僧が当地を通りかかったとき、源頼朝が写経を納めたという納経塚から読経の声が聞こえてきた。塚を掘ったところ、地蔵菩薩像が現れたので、再び来福寺に納められた。以来、「経読地蔵」と通称されるようになったという。 瀟洒な山門をくぐると、正面に本堂、左手には珍しい山王鳥居が建ち、石段を上ったところに聖天堂がある。他にも境内には雪中庵三世・大島蓼太の句碑や、和菓子屋・塩瀬の始祖で中国から日本に饅頭を伝えたという林浄因の碑などがある。 江戸時代は、四ッ谷南寺町の文殊院が26番札所であった。 |
写寺 | 龍頭山 金剛頂寺 |
八十八ヶ所大意 | 雲龍山 文殊院 四ッ谷南寺町 〈本尊〉児如来 川勝寺本尊 〈開山〉祐信上人 大塚護持院末 |
山門 | 聖天堂と山王鳥居 |
大島蓼太の句碑 | 林浄因の碑 |
中央の墨書は地蔵菩薩の種字「カ」に「本尊延命地蔵菩薩」、脇に「弘法大師」。中央の朱印は同じく梵字の「カ」、右上は「二十六番」、左下は「来福寺之印」。
2009.09.16
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